Quotes

小説・映画・ゲームからの一節を記録
  • 『ロリータ』と題する書物について

    『ロリータ』は読者ひとりひとりによって姿を変える小説である。

    淫らな少女愛を綴ったエロティックな小説を期待して読む人もいるだろう。さまざまな文学的言及や語りの技巧に満ちた、ポストモダン小説の先駆けとして読む人もいるだろう。話の内容はさておき、絢爛たる言語遊戯こそがこの小説のおもしろさだと考える読者もいるだろう。あるいはとんでもない大爆笑のコミック・ノベルとして読む人もいるだろう。アメリカを壮大なパノラマとして描いたロード・ノベルだと読む人もいるかもしれない。狂人に人生を奪われた不運な少女に涙する読者もいるかもしれない。伏線がいたるところに張り巡らされた探偵小説だと読む人もいるかもしれない。あるいはアメリカの一時代を活写した風俗小説だと読む人もいるかもしれない。

    しかし、ここであえて言うなら、『ロリータ』の本当に凄いところは、そうしたすべての要素を含んで一つの小説にまとめ上げている点にある。そして、物語の筋書きを追って楽しむ読者にも、顕微鏡で見るように細部を点検して楽しむ読者にも、『ロリータ』が提供してくれる喜びはかぎりがない。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita50

    高い崖からその音楽的な振動に耳を傾け、控えめなつぶやき声を背景にして個々の叫び声が燦くのに耳を傾けていると、私にはようやくわかった、絶望的なまでに痛ましいのは、私のそばにロリータがいないことではなく、彼女の声がその和音に加わっていないことなのだと。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita49

    エド、おまえも運が悪かったなあーこれはG・エドガー・グラマーという男の話で、この三十五歳になるニューヨークの会社の専務は、三十三歳の妻ドロシーを殺害したかどで起訴されたばかりだった。完全犯罪を狙って、エドを棍棒で殴り、車の中に運び入れた。事件が明るみに出たのは、結婚記念日のプレゼントとして夫から贈られた、グラマー夫人の青い大型ライスラーの新車が猛スピードで丘を下ってくるのを、パトロール中の二人の群警官が目撃したからで、その丘はちょうど管轄区域内をぎりぎりのところにあった。

    車は電柱を横殴りして、野木草や野苺や雉蓆で覆われた土手を駆け上がってから横転した。警官がG夫人の死体を運び出した時、車輪はまだやわらかな日射しの中でゆっくりと回転していた。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita48

    通りのむこうをもう少し先に行ったところで、ネオンサインが我が心臓よりも二倍ゆっくりと瞬いていた。

    レストランの看板の輪郭になっている、大きなコーヒーポットが、一秒おきくらいにエメラルド色の命に沸き上がり、またそれが消えるたびに、「おいしいお食事」と書かれたピンクの文字が後を引き継ぎ、それでもまだポットの形は隠れた影として見分けることができて、次のエメラルド色の復活まで目を楽しませてくれるのである。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita47

    やがて日もくれてゆき、私は霧雨の中を走っていて、フロントガラスのワイパーも大車輪で活躍したが、涙だけはどうすることもできなかった。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita46

    (「あたしの心をめちゃめちゃにしたのはあの人なの。あなたはあたしの人生をめちゃめちゃにしただけ」)。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita45

    彼女は両腕を組み、ダッシュボードの上に脚を投げ出した。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita44

    そのとおり、彼女は現れた。 私はぐるりと振り向いて、彼女がおずおずとした愚かな笑みを浮かべながら肩に追い立てを振り払った。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita43

    私はまた先を急いだ。そしてまた立ち止まった。ついに来るべき時が来た。彼女は永久に去ってしまったのだ。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita42

    野蛮なサリヴァンは警告付き。拳銃を所持していると思われる、極めて危険な人物につき要注意。 私の本を映画化したいと思う人がいるなら、ここはぜひ、私が眺めている間に、この顔のうちのどれかがゆっくりと溶けて、私の顔になると言う場面を撮ってもらいたい。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita41

    雨が数珠のようにこやみなく降ってはいても、空気はあたたかく緑に染まり、宝石のような光を滴らせている映画館の切符売り場の前には、主に子供と老人から成る行列が既にできていた。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita40

    私たちは静かな町を静かに走った。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita39

    こっそりとロリータの白い靴下の片方で不貞を働いたとは、この善良なる婦人は夢にも思わなかっただろう。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita38

    (かつて私の中で楽園の泡がスローモーションではじけた、あの聖なるソファだ)

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita37

    青白い小さな窓の中を、私は覗き見した。暗く朽ちつつある森の繁みを嗅ぎ分けて進む私が必死になって拾い上げようとしたのは、やはりニンフェットの匂いなのだった。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita36

    この白いお腹の中には、我がニンフェットが、一九三四年にはまだ屈曲した小さな魚として入っていたのだ。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita35

    タンポポのほとんどは太陽から月に変わっていた。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita34

    私は自分が誇らしい気分になった。未成年者のモラルを損なわずに、痙攣という蜜を盗んだのである。まったく何も危害を加えていない。若い女性が持っていた新品の白いハンドバッグの中に、奇術師がミルクと、糖蜜と、泡立つシャンペンを注ぎ込んだのに、見よ、バッグは元のままなのだ。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita33

    陪審席にいらっしゃる紳士の皆さん、剥き出しになった首筋にもう少しで届こうとしたそのときに、人間か化物がかつて体験したことがないほど長い絶頂感の最後の脈動を、彼女の左の尻に思い切りぶちまけたのだった。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita32

    自分の教科書に、ロンサールの「微かな朱色の割れ目」とか、レミ・ベローの「柔らかくて苔生す丘の、中央に深紅の一筋ありて」などを引用しっとすれば、学術出版社はいったい何と言うだろうか?

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita31

    左目をこじあけて、埃か何かを取ろうとしているところだった。 一瞬、私たちは緑色のあたたかい鏡に一緒につかり、そこにはポプラの木のてっぺんが私たちとともに空の中で映し出されていた。ぐいっと肩をつかみ、それからやさしくこめかみをつかんで、彼女をぐるりとこちらに向けた。「すぐそこにあるの」と彼女は言った。「感じるんだもの」。「スイスの農婦だったら、舌の先を使うんだけどね」。「なめて取るの?」「そう。吸ってあげる?」「うん」。 そっと私は震える棘を彼女のくるくる動くしょっぱい眼球に沿って押し当てた。「きっもちいい!」と彼女は瞬きをしながら言った。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita30

    「マックーとこの女の子って?ジニー・マックーのこと?ああ、あの子ってキモいのよ。それにイジワルだし。それにビッコだし。小児麻痺で死にかけて。」ピン。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita29

    そのときから私が生きてきた二十五年の歳月が、だんだん遠ざかってゆらめく点になり、そして消え去った。

    2023年02月11日 | fiction
  • #Lolita28

    床の上に白い靴下が片方落ちているのが目についた!

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita27

    それからさらに一週間延長したのは、ひとえに強力な新入りを欺くのが楽しかったからで、その場違いの(そして間違いなく勘違いの)高名な教授は、自分の受胎の瞬間を目撃したと患者に思い込ませる術を心得ていることで有名だったのである。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita26

    ニンフェットは極地には出現しないのである。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita25

    幸いにも大丈夫だったが、元皇帝顧問がすっかり膀胱を空にした後で水を流さなかったことに気づいて、私は激しい憤りを覚えた。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita24

    生真面目な俗人なら、そのとき即座に道端で殴りつけたところかもしれないが、そんなことはできない。何年も秘かに耐えてきたせいで、私は超人的な自制心を身につけていたのだ。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita23

    おれが求めているのは、慰めになる存在、立派な家庭料理、生きた肉鞘でありさえすればいい、と私は己に言い聞かせていたが、ヴァレリアに惹かれた本当の原因は、彼女が見せるまがい者の少女らしさだった。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita22

    ある店のウィンドーの前で立ちどまり、さも楽しげに「わたし、ストッキングを買うわ!(ジュ・ヴェ・マシユテ・デ・パ)」と言った、あのときのパリ娘らしい子供っぽい唇がストッキングの"bas"という言葉をまるで爆発するように元気よく発音し、その"a" の音が"bot"のような短くはじける破裂音の"o"にほとんど変わってしまったのを、私は決して忘れはしないだろう。

    2023年02月10日 | fiction
  • #Lolita21

    ベンチで隣に座ったあの黒衣の老婆は、私が悦びに身悶えしているのを見て、(なくしたビー玉を見つけようとして、ニンフェットが私の下でゴソゴソやっていたのだ)、お腹が痛むのですかと尋ねてきた、あの忌々しい老婆め。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita20

    その中には、たっぷりと地獄の後味を残したものもある。たとえばバルコニーから通りの向かい側を眺めていると、灯のついている窓がり、どうやらニンフェットらしき人影が、協力的な鏡の前で服を脱いでいる最中だったとする。こうして分離され、こうして遠ざけられていると、その光景にはことさら強烈な魅力が加わり、私は自己満足を遂げんものと全速力で走り出そうとする。ところが突然、意地悪なことに、見とれていた裸体のやわらかなパターンが変形して、電灯に照らされた、下着姿の男の吐き気を催すような剥き出しの腕に化けたかと思うと、その男は、蒸し暑くて絶望的な夏の夜に、開け放した窓のそばで新聞を読んでいるところなのである。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita19

    しかし私にとっては、感覚というプリズムを通して見れば、「両者は霧と錐ほど違う」のである。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita18

    私が見る淫夢の中でいちばんぼんやりしたものでも、この上なく絶倫の天才作家やこの上なく才能に恵まれた不能者が空想する姦淫場面場面と比べれば、1000 倍も豪華絢爛なのである。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita17

    自然な性交で得た快感は、正常な大人の男性が正常な大人の配偶者と交わる時の、世界を揺り動かすあのお決まりの往復運動で得るものとほぼ同じものだったと思う。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita4?

    28

    優しい別れの言葉を書いたメモを彼女のへそにセロテープで留めておいたーそうでもしないと彼女には見つからなかったかもしれない。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita16

    さらに言うなら、この件では時間の概念が魔法の役割を演じているので、以下のような事実を知ったところで初学者は驚かないでもらいたいのだが、男性がニンフェットの魔力に屈するには、乙女と男の間に年齢差が必要で、それは 10 歳以下ではなく、一般的には 30 歳か 40 歳で、90 歳の例もあったことが知られている。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita15

    5

    女子生徒かガールスカウトの集合写真を渡されて、その中で誰がいちばん美人かと言われたら、正常な男性は必ずニンフェットを選ぶかというとそうともかぎらない。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita14

    その呪文がついに解けたのは、二十四年後になって、アナベルが別の少女に転生したときのことである。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita13

    我が心臓も、我が喉も、我が内臓も、すべてを捧げてもかまわないという気持ちになり、彼女の不器用な手の中に、我が情熱の笏丈を握らせた。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita12

    4

    頭上では、細長く薄い葉のシルエットのはざまで、星の群れが青白く光っていた。アナベルが薄物のワンピースの下には何も身につけていないのと同じで、その震える夜空も裸同然だった。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita11

    カフェを抜け出して浜辺に逃避し、人気のない砂の場所を見つけると、そこの一種の洞窟のようになった赤い岩が作っている菫色の影の中で、つかのまの激しい抱擁を初め、それを目撃しているのは誰かが落としたサングラスだけだった。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita10

    私たちは朝の間ずっと腹這いになり、欲望のあまりに麻痺した状態で、時空間の隙をついてお互いに触れ合おうと必死になっていた。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita09

    私たちはたちまちのうちに、狂おしく、不器用で、破廉恥で、悩ましい恋に落ちた。絶望的な恋、と付け加えておくほうがいいのは、お互いを我が物にしたいという熱情は、相手の魂と肉体をひとかけら残らず吸収し、同化して、初めて癒されるのかも知れなかったからだ。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita08

    彼女は飢餓に苦しむアジアの国で看護婦をするのが夢だった。そして私の夢は有名なスパイになることだった。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita07

    3

    視覚的な記憶には二種類ある。目を見開いて、心の実験室でイメージをみごとに再現する場合の記憶(そして私はアナベルを、「蜂蜜色の肌」とか「細い腕」とか「茶色のショートヘア」とか「長い睫毛」とか「大きくてキラキラした口」といった、一般的用語で思い浮かべてしまう)、それと、目を閉じると瞼の暗い内側にたちどころに浮かんでくるのが、愛する人の顔の客観的でまったく視覚的な復元であり、自然色で描いた小さな亡霊である場合の記憶だ(そして私はロリータをそんなふうに見る)。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita06

    十三歳の誕生日を迎える前(つまり、初めてアナベルと会う前)に起こった、はっきりと性的な出来事として記憶しているのは、ホテルの閲覧室にあるマーブル紙で装丁された写真集の山からこっそり盗んできた、ピションの豪華な『人体の美』に載っている、この上なくやわらかな裂け目の入った、真珠と陰翳とも言うべき写真集を眺めていたときに、私の身体の一部に起こった興味深い反応くらいしかなかった。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita05

    ステッキをついた年配のアメリカ人女性たちは、まるでピサの斜塔みたいに私の方へ倒れかかってきた。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita04

    私のまわりには、豪華なホテル・ミラーナがささやかな宇宙としてひろがり、その白塗りの宇宙の外には、ぎらぎらしたさらに大きな青い宇宙があった。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita03

    2

    過去の闇の奥にあるぬくもりの袋地を別にすれば、母の一切は記憶の窪地や谷間に残っていないし、読者がまだ私の文体に我慢してくれていればの話だが(これは監視下で書いている)、そこに私の幼年期の太陽が沈んだのである。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita02

    1

    ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩目にそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。

    2023年01月09日 | fiction
  • #Lolita01

    「不快感を与える」というのは「尋常ならざるもの」の同義語に過ぎないことが往々にしてあり、偉大な芸術作品は言うまでもなく常に独創的であって、そのまさしく本質により、いささかショッキングな驚きを与えずには居られないのである。

    2023年01月09日 | fiction